野球は日本でも愛好者が多く、子供から大人まで幅広い年齢層が楽しめるスポーツですが、ボールを投げる動作は肩の関節に過度な負担をかけ、痛みを引き起こすことがあります。悪化して痛みが強くなると、野球の練習はもちろん、日常生活にも支障をきたすようになるため、適切な治療で進行を防ぐことが重要です。
野球肩とは
肩は、人間の身体の中で最も可動域が大きい関節であり、上下左右自由に動かすことができます。肩の関節は、たくさんの筋肉や靭帯などが組み合わさった複雑な構造をしており、それぞれの組織が適切に作動することで、繊細かつスムーズな動きが可能になっています。
野球肩とは、「投球障害肩(とうきゅうしょうがいかた)」とも言われるように、ボールを投げる動きによって肩関節の周りに生じる痛み全般を指します。たくさんの投球動作を行う野球のピッチャーに好発することからこの名称で呼ばれていますが、野球以外にもテニスやバレーボールなど、自分の頭の上で手や腕を動かす競技(オーバーヘッドスポーツ)でも発症するケースがあります。
野球肩に伴う肩の痛みは、しばらく休むと軽減することが多いですが、練習を再開すると痛みもぶり返すという悪循環に陥りやすく、そのまま放置していると、野球の時だけでなく着替えなどの日常の基本的な動作にも支障をきたすようになるため注意が必要です。
万一、投球中や投球後に肩の痛みや違和感が生じた時は、速やかに応急処置(アイシング、安静など)を行うとともに、運動量や練習強度の調整、投球フォームの見直しなどを行い、症状の進行を防ぐことが大切です。
野球肩のセルフチェック
以下のような症状が見られるときは野球肩の可能性があります。
放置しているうちに症状が悪化することがあるため、早期に受診して詳しい検査を受けましょう。
- 肩に突っ張り感や疲労感がある
- ボールを投げた時や投げ終わった時に肩に痛みがある
- 肩を動かした時に引っ掛かる感じがする
- 腕を上げると痛みが出る
- 肩が上がらない、回らない
- 肩に力が入りにくく、全力投球できない
- 肩にしびれや抜けるような感じがある
野球肩の原因
野球肩の多くは、腕を高く上げ、身体の上から投げ下ろす「オーバースローイング」という動作が原因で起こります。オーバースローイングは、高い位置から投げることで大きなエネルギーをボールに集め、より速く・より遠くに投げられるのがメリットですが、早いスピードで腕を回転させるため肩関節に大きなストレスがかかります。
投げ過ぎたり(オーバーユース)、肩に負担のかかる悪いフォームで投げていたりすると、肩関節の筋肉や靭帯、軟骨などの周辺組織が損傷して炎症が起こり、痛みや動きにくさを生じるようになります。
また、投球は、全身を使って行う動作であるため、下半身・体幹の状態や連動性(動きの繋がり)の悪さなども野球肩の発症リスクを高める要因となります。
野球肩のリスクが高い競技は?
野球(ピッチング)、テニス(サーブ、スマッシュ)、ハンドボール、バレーボール(サーブ、アタック)、アメリカンフットボール(クオーターバック)、水泳(クロール、バタフライ)、やり投げなど
野球肩のおもな種類と症状
肩の痛みを引き起こす野球肩は以下のような疾患が原因となっており、それぞれ症状に特徴があります。
インピンジメント症候群
インピンジメント症候群は、野球肩の中でも最も多い原因です。投球動作で肩を上げる際、ある一定の角度で痛みや引っかかりを生じ、それ以上腕を上げることができなくなります。
インピンジメントとは、「衝突」という意味で、投球動作に伴い、腕の骨の先端(上腕骨骨頭)が肩甲骨の突起である肩峰(けんぽう)や烏口突起(うこうとっき)などに繰り返し衝突するうちに損傷し、炎症を起こすことで痛みを生じます。
上腕骨骨端線離開(じょうわんこつこったんせんりかい)
投球動作を頻繁に行うことで起こる疲労骨折で、「上腕骨近位骨端線(成長線)*1」に離開(離れてしまうこと)を生じ、投球時や投球後に鋭い痛みを生じるのが特徴です。
成長期の若い選手に多く発症することから「リトルリーグショルダー」とも呼ばれています。
成長期の骨は大人に比べると未熟で強度が低いため、放置していると成長障害を起こすことがあり、大人になってから両腕の長さに差が生じたり、肩の動きが悪くなったりすることがあります。
*1上腕骨骨端線は、成長期特有の軟骨組織であり、X線診断を行うと腕の骨の端にある成長軟骨部分が黒く見えることから骨端線と呼ばれている。成長が止まると骨端線は確認できなくなる。
腱板損傷(けんばんそんしょう)
腱板とは、肩の周りにあるインナーマッスル(深い層の筋肉)で、棘上筋(きょくじょうきん)、棘下筋(きょくかきん)、小円筋(しょうえんきん)、肩甲下筋(けんこうかきん)という4つの筋肉と骨を繋ぐ腱(けん)が集まり、板状に見える組織のことです。
ボールを投げる際、肩の回旋運動(肩を回す動作)を頻繁に行うことによって上腕骨の先端に付着している腱板が剥がれたり、破れたりして炎症を引き起こします。進行すると痛みで腕が上がらなくなったり、腕を下げる時に痛みを生じたりして、強い痛みで眠れなくなるケースもあります。
肩甲上神経損傷(けんこうじょうしんけいそんしょう)
腕を振り下ろす動作(フォロースルー)をした時に、棘下筋のコントロールを行っている「肩甲上神経」という神経が引っ張られたり、圧迫されたりして損傷し、炎症を起こします。肩の後方や外側部分に痛みやしびれがあり、肩全体に疲労感を生じるのが特徴です。
動揺肩、動揺性肩関節症(どうようかた、どうようせいかたかんせつしょう)
上腕骨と肩甲骨の間にある靭帯や関節包が生まれつき緩く、可動域が広すぎる方に多く発症するスポーツ障害です。肩の使いすぎにより周辺組織を損傷し、炎症を起こして痛みを生じます。
別名「ルーズショルダー」とも呼ばれ、肩の痛みや不安定感、脱力感などを伴い、フォロースルー時に肩が抜けるような感覚を伴うこともあります。
野球肩の検査・診断
野球肩の診断には以下のような検査を行います。
問診・診察
自覚症状や発症時期、発症時の様子などを詳しくお伺いし、肩関節のどの部分に痛みや可動域制限が起きているのかを実際に肩を動かしながら確認します。野球肩が疑われる場合、一連の投球動作のどの段階で痛みが出るかも診断の重要なポイントになります。
X線検査
X線を用いて肩関節の骨の状態を確認します。X線画像では腱や筋肉の状態を見ることはできませんが、骨折の有無や骨の変化などの確認が可能です。
当院では、被爆量を抑え、短時間で撮影できるFPD(フラットパネルディテクタ)機器を導入しておりますので、X線検査に伴うお身体への負担を抑えることが可能です。
超音波検査(エコー)
肩関節の周辺にある腱や筋肉などの状態を確認します。 エコー検査は、肩を実際に動かしながら評価できるのが大きなメリットです。
MRI検査
X線では写すことができない筋肉や靭帯、腱などの柔らかい組織の損傷の有無を確認します。
当院のMRI装置は全身が入る筒型ではなく、お身体の周りが開放されているオープンタイプですので、狭い空間が苦手という方でも安心して検査を受けることができます。
また、当院ではできるだけ受診当日、もしくは翌日中に検査を行うことを心がけておりますので、検査まで何日もお待たせすることがなく、正確な検査結果を基に迅速な診断が可能です。
野球肩の治療
野球肩の治療は痛みや炎症を和らげる保存的治療が基本ですが、保存的治療だけでは十分な効果が得られない場合、手術を検討します。
保存的治療の種類
野球肩の保存的治療には以下のような種類があります。
- 安静
数週間~数か月間、投球動作を行わないようにし(ノースロー)、肩の安静を保ちます。
- 薬物療法
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)と呼ばれる消炎鎮痛薬の内服や外用薬などで痛みを和らげます。インピンジメント症候群の場合は、肩にヒアルロン酸やステロイド注射を行うこともあります。
- 物理療法
炎症や痛みを和らげるため、超音波や低周波、低出力レーザー、アイシング、ホットパックなどを行います。当院1階にある物理療法スペースでは、患者様お一人お一人の症状に合わせたリハビリ治療を受けていただくことが可能です。
- 運動療法
安静により痛みが軽減してきたら、肩関節の柔軟性を高め、可動域を広げるマッサージやストレッチを開始します。また、強い肩関節を作るため、周辺の筋肉を鍛える筋力トレーニングも行います。体幹や下半身の状態なども評価し、全身のコンディションを整えることで、投球動作に耐えられる身体を目指します。
当院のリハビリテーションは担当制です。担当の理学療法士が患者様に合わせたオーダーメイドのプログラムを作成し、指導を行いますので、信頼関係を築きながら治療を受けていただくことが可能です。
手術療法
上記のような保存的治療を行っても十分な改善が見られない場合には、手術を検討します。
野球肩のおもな手術には以下のようなものがあります。術後は適切なリハビリが必要です。
- デブリードマン
「関節鏡」と呼ばれる内視鏡で痛みの原因や不要な組織を除去します。
- 除圧術(じょあつじゅつ)
肩峰に引っ掛かりがある場合は、肩峰の骨の一部を切除します。
※手術が必要になる場合には、石巻赤十字病院を始めとする提携先病院をご紹介します。
よくある質問
野球肩の進行を予防する方法はありますか?
- オーバーユースを防ぐ
肩を使いすぎないよう、一日の投球数に制限を設けたり、登板間隔を空けたりして投げ過ぎに注意しましょう。
- 正しい投球フォームの習得
投球フォームの見直しを行い(カメラで投球フォームを撮影するのもおすすめです)、始動時には肩甲骨から動かすことを意識するなど、肩の負担を減らす正しい投げ方を身に付けましょう。
≪悪い投球フォームの例≫
投球時の肘の位置が高すぎる/低すぎる、体幹を使わずに手だけでボールを投げている、身体の開きが早すぎる……など
- ストレッチや筋肉トレーニングの継続
日頃の練習からストレッチや筋トレを行い、柔軟性を高め、故障しにくい身体を作りましょう。
投球動作は上半身と下半身を連動して行う全身運動です。肩はもちろん、腹筋や背筋、インナーマッスル、下半身なども強化し、全身のバランスを整えておきましょう。
まとめ
野球肩は、野球選手だけでなく、肩を動かす動作を伴う競技をしている方は誰でも起こる可能性があります。試合や練習でつい夢中になってしまうと、多少痛みがあっても無理をしてしまいがちですが、長くスポーツを楽しむためにも無理は禁物です。痛みや違和感がある時は無理せず休息を取り、早期に受診して、正しいケアや治療を行いましょう。